「そういえばかなり前に、日立電鉄の廃線跡巡りに行ったし、当時のブログ記事でも読み返してみるか・・・」と、過去記事を参照してみたところ、どうやらその記事を書いていなかったことに今更ながらに気づいてしまいました。
過去のことだし、またいつか改めて行こうかとも思いつつも、そのとき撮った写真を見返していたら、ぼんやりと当時の行程やらを思い出してきたので、可能な限り当時の雰囲気で書き綴ってみたいと思います。
時は2014年12月22日。
18切符シーズンということもあり、近場(注:当時は東京都練馬区在住)のJRで乗ったことのない路線はないかと北関東の地図を眺めていたら、水郡線の支線にあたる常陸太田駅へ行く路線に乗ったことがないことが判明したので、乗ってみることにしました。
しかもこの路線は、終点の常陸太田駅の近くから10年ほど前(注:2005年)に廃止になった日立電鉄の線路が接続していて、現在はその一部がBRTとして活用されているらしいし、単なる乗りつぶしだけではなく廃線跡巡りも楽しめそうです。
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自宅から電車を乗り継ぎ、やってきたのは茨城県の水戸駅。ここで、水郡線にお乗り換え。微妙に見たことがないカラーリングの車両です。
茨城県の農村地帯をゆっくり北上して、途中の上菅谷駅で本線と分かれ、そのまま常陸太田駅へと向かっていきます。
ちなみに郡山へと向かう本線には既に乗車済み(なのですが、こちらも記事にしてないことが判明・・・記事にするかどうかは未定)。
久慈川に掛かる手前の橋は、2018年頃に撤去されたらしい。
常陸太田駅に到着!
駅に併設されている観光案内所で、電動自転車をレンタルを手配し、ここから先はチャリを借りて廃線跡巡りに繰り出します。
地図を片手に、日立電鉄の廃線跡を探してみると・・・ありました。
廃止になったのがわりと最近だからか、盛土がまだ良い感じに残ってます。
里川の土手にはこんな感じで橋台もしっかりと確認できますね。
踏切跡には線路がそのまま残されています(さすがに2025年になれば撤去されていそうですけど・・・)。
さらに進んでいくと、線路跡が道路に転用されていました。この先は、電車に乗っている気分で廃線跡を電動自転車で走り抜けてみましょうか。
直線だとあんまり線路感ないですね・・・というか、左側の家は線路があった頃はどうやって外に出ていたんだろうか。裏側に道路でもあるのか?
その後も線路に沿って、時には線路を交差しつつ大甕駅(oomika sta.)へと向かっていきます。
大甕駅に近づくと住宅も増え、廃線跡も遊歩道となっているようです(ここをチャリで通って良かったかどうかは不明だけど、10年以上前なので仮にダメだったら時効ということで許してください笑)。
久慈浜駅付近からは廃線跡がバス専用道として整備されていました。
こんな感じでモニュメントも残っていて、ここが駅だということがよくわかります。
ひたちBRTがやってきました。他のBRT路線と同様、こちらも専用道側に踏切がある仕様になっています。
専用道脇の歩道は自転車進入禁止なので、迂回しつつ、日立鉄道の中心駅だった大甕駅へ向かってみましょう。
大甕駅到着。
日立電鉄は、さらにここから鮎川駅へと向かっていきますが、そこまで行って帰ってくると自転車のバッテリーが切れそうだったため、この辺で引き返すことにします(全線往復すると40kmぐらいであり、25km以上走るとバッテリーが切れるって言われた)。
この先はいずれまた、何かの機会があれば行ってみることにしましょう・・・
帰り際に見つけた住居案内図。よく見ると日立電鉄の線路が描かれています。
この辺は日立製作所がある関係上、住人も多いし、その気になれば存続もできたのではとも思えなくもないですが、微妙に学校などから離れていたり、日立製作所の事業所が縮小・閉鎖になったり、中途半端な鮎川という駅が終着だったりと、存続するには厳しい条件が揃いすぎていた気がします。
帰り際にセイコーマートを発見。
なぜか北海道に多いセコマが北海道とは関係の無い北関東にはいくつかあるのが謎・・・個人的に好きなコンビニなのでちょっと羨ましい笑
常陸太田駅へ戻り、チャリを返却してから水郡線で帰りますよ。
水戸駅では、ガルパン仕様の鹿島臨海鉄道の車両が止まってました。2025年でもイベントやっているっていうし、大洗×ガルパンって10年以上も頑張っているとかすごいな。
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以上、2014年12月ごろの写真を見ながら、いかにも「先週ぐらいに行ってきました」風に書いてみました。
道路化されていない廃線跡などは今はもう痕跡が残っていないかもしれないし、BRTなんかもいろいろ変わっているかもしれないので、もし機会があれば帰省時に改めて訪問してみるのも良さそうですね。